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第25話 死者による欠席放送

Auteur: なつめ
last update Date de publication: 2026-08-20 11:36:18

『殺されたからです』

 死んだ相馬透の声が、三階女子トイレの天井から降ってきた。

 奈々香が息を呑む。

 美月は反射的に廊下の方角を見た。悠斗は何かを言おうとして口を開いたが、言葉にならない。

 澪だけは、その場から動けなかった。

 声があまりにも透だった。

 低く、少し掠れている。語尾を必要以上に伸ばさず、問いへ短く答える話し方。八年前から変わらない。

 けれど透は死んでいる。

 二年七組へ安置したまま。

 澪自身、その身体を担架に乗せた。

『俺は聞いてしまった』

 校内放送が続く。

 五人の呼吸が止まった。

『八年前に消された音を』

 ざらり、と雑音が混じる。

 古いスピーカーの膜が震えている。

『犯人は、ずっと一緒にいた』

「止めろよ」

 悠斗が天井を睨んだ。

「誰だ。何がしたい!」

 返事はない。

 代わりに、七刻女学校の始業ベルが一音だけ鳴った。

 かあん。

 余韻が消える。

「放送室」

 朔が言った。

「発信元を確認する」

「透のところへ戻るの?」

 奈々香の声が震えた。

「嫌ならここで待つか?」

「一人では絶対に残らない」

「なら五人で行く」

 朔は骨伝導装置を入れた証拠袋を機材鞄へしまった。

 動きには淀みがない。

 澪はその横顔を見た。

 頼りたい。

 だが、奈々香の髪から落ちた装置を触る朔の指を見てから、胸の奥にある小さな疑いが消えなかった。

 音響。

 映像。

 遠隔操作。

 録音。

 偽の映像。

 朔の知識が役に立つたび、その知識でこれらを作ることもできるのだと気づいてしまう。

 五人は管理通路を戻った。

 細いコンクリートの壁に貼られた自分たちの写真が、懐中電灯の光を受けて一枚ずつ浮かぶ。

 美月の病院。

 奈々香の配信場所。

 悠斗の会社。

 澪の取材先。

 そして、室内から撮影された朔。

 奈々香は朔の写真の前を通るとき、顔を上げなかった。

 朔も何も言わない。

 校内放送では、透の声が途切れ途切れに続いていた。

『ずっと……』

 雑音。

『近くに……』

 また雑音。

『見ていた』

「細切れに聞かせるな」

 悠斗が吐き捨てる。

「意味を持たせたいだけだ」

「そうかもしれない」

 朔が答えた。

「そうじゃなければ?」

 美月の問いに、朔は歩みを止めなかった。

「確認するしかない」

 二年七組の前へ着く。

 まず、朔が設置した小型カメラを確認した。

 まだ動いている。

 録画表示も正常。

 扉と枠へ貼った封印用のテープは切れていなかった。

 上側。

 下側。

 油性ペンで入れた細い印もずれていない。

「誰も開けてない」

 美月が言う。

 朔は扉の細いガラスへ懐中電灯を向けた。

 教室の奥。

 机の上へ横たえた透の姿が見える。

 美月が掛けた上着。

 胸の上で重ねた両手。

 顔へ被せた薄い布。

 置いたときのままだった。

「動かされてない」

 美月の声が僅かに和らぐ。

 奈々香がガラスへ顔を近づけた。

「本当に……透はここにいる」

 その瞬間。

 天井から透の声が流れた。

『澪』

 奈々香が悲鳴を上げて後退した。

 澪も身体を強張らせる。

『聞こえてる?』

「返事するな」

 朔がすぐに言った。

 放送はそこで止まった。

 二年七組の中では、透は動かない。

 声だけが校舎を歩き回っている。

「放送室へ行く」

 朔が先に歩き出す。

 今度は廊下が歪むこともなかった。

 防火シャッターは上がったまま。

 透が死んだ放送室の扉も、破壊された状態で壁へ立て掛けられていた。

 内部に入る。

 血の臭いはまだ薄く残っていた。

 透が倒れていた場所には、黒ずんだ血痕。

 切断された磁気テープ。

 美月が手袋を替え、床を確認する。

「変わってない」

 朔はオープンリール式録音機を見る。

 停止させたはずの機械に、新しいテープが装着されていた。

 先ほどまで掛かっていた〈七人目〉のラベルはない。

 白い紙だけ。

 何も書かれていない。

「誰か入ったのか?」

 悠斗が扉を振り返る。

「ここの封印はしてなかった」

「でも、二年七組の前を通らずに来られる?」

「壁の中を使えば」

 美月が答えた。

 管理通路。

 放送室までつながっている。

「再生を止める」

 朔が録音機へ近づいた。

 二枚のリールは回転している。

 校内放送と同じ透の声が、ここでも小さく聞こえていた。

『ずっと一緒にいた』

 朔が停止ボタンを押す。

 リールが止まった。

 部屋の中の声も止まる。

 しかし。

 天井のスピーカーからは続いていた。

『八年前から』

 五人が天井を見る。

「この録音機じゃない」

 澪が呟く。

「そうだ」

 朔は放送卓を調べ始めた。

 古い機材。

 断線した配線。

 外されたアンプ。

 どれも電源は入っていない。

 それでも、スピーカーから透の声は流れる。

『聞いてる?』

 奈々香が両耳を押さえかけ、美月に手首を掴まれた。

「耳を塞がないで」

「分かってるけど!」

「さっきの指示がまだ有効か分からない」

 奈々香は唇を噛み、手を下ろした。

 朔が壁へ近づく。

 放送卓の裏。

 以前、透明な糸が吸い込まれていた小さな穴の周囲を叩く。

 一か所だけ音が軽い。

「板がある」

 工具を差し込み、壁材を外す。

 中から黒い箱が現れた。

 掌二つ分ほどの小型コンピューター。

 冷却用の小さなファン。

 音声出力装置。

 無線受信機。

 配線は天井裏へ伸びている。

「新しい」

 悠斗が言う。

「これも今夜のため?」

「少なくとも学校に元からあったものじゃない」

 朔は機器の表示を確認した。

 端末へ接続する。

 画面に複数の音声ファイルが並んだ。

 相馬透。

 雨宮澪。

 神代朔。

 早乙女美月。

 黒瀬悠斗。

 白石奈々香。

 そして。

 椎名澄花。

「全員分……」

 澪の喉が乾く。

「録音素材がある」

 朔が透のフォルダを開いた。

 何百もの短い音声。

『そこには誰もいない』

『音を止める』

『待って』

『違う』

『澪』

 高校時代から現在まで。

 断片的な言葉が大量に保存されている。

「こんなにあれば」

 奈々香が言う。

「透の声を切って並べれば、何でも喋らせられるんじゃない?」

「単純な切り貼り以上だ」

 朔は別のプログラムを開いた。

 声紋の解析。

 音高。

 発音。

 話速。

 表示された項目を見て、悠斗が眉を寄せる。

「何だよ、それ」

「音声合成」

 朔が答える。

「過去の音声を大量に学習させて、本人に近い声を作る」

「死人にも好きなことを喋らせられる?」

「できる」

「どの程度」

「素材と精度次第では、短い会話なら聞き分けるのは難しい」

 奈々香の顔からさらに血の気が引いた。

「じゃあ、さっきの透も」

「合成だった可能性は高い」

「『殺された』も?」

「そうだ」

 澪は透のフォルダを見た。

 声。

 息。

 笑い。

 咳払い。

 一人の人間が、音の部品へ分解されている。

「澄花のもある」

 美月が言った。

 朔がフォルダを開く。

 八年前の映像から抜いたらしい声が並んでいる。

『澪ちゃん』

『朔』

『奈々香』

『返して』

『開けて』

 澪の胃が締めつけられる。

 八年間、夢の中で繰り返してきた澄花の声。

 そのいくつかも、今夜は機械に作られたものだったかもしれない。

「これなら全部説明できる」

 悠斗が朔を見る。

「声に関してはな」

 朔は画面から目を逸らさない。

「少なくとも、放送から流れたものの多くは」

「こんなものを作れるのは、お前じゃないのか」

 放送室の空気が止まった。

 悠斗の声は低かった。

 奈々香が朔を見る。

 美月も何も言わない。

「映像も音も扱える。俺たちのデータも持ってた」

「俺以外にも作れる」

 朔は平静だった。

「俺たちの声を全部持ってる人間が?」

 悠斗が一歩詰める。

「澄花まで入ってる。八年前の音声だ。公開してないものもあるんじゃないのか」

「警察へ提出した」

「だから?」

「提出したデータが外へ出た可能性はある」

「警察から八年間も保管して、こんな仕掛けを作った奴がいるって?」

「可能性の話だ」

「提出前の未編集は?」

 悠斗の問いに、朔が黙った。

「持ってたのは誰だ」

「俺と透」

「透は死んだ」

「今夜より前には生きていた」

「つまり、透が自分を殺す装置まで準備したって?」

「そうは言ってない」

 悠斗の笑いは乾いていた。

「都合のいい答えばかりだな」

 澪は朔を見た。

 横顔は変わらない。

 だが右手の親指が、カメラの縁を一度だけ強く押した。

 緊張したときの癖なのか。

 澪は知らなかった。

 八年前から隣にいたのに。

『澪』

 突然、スピーカーから声がした。

 透。

 朔がすぐに天井を見る。

『質問して』

 澪の心臓が跳ねる。

「応答するな」

 朔が言った。

『澪』

「仕掛けた人間が、こちらの声を聞いてる。反応すれば情報を渡す」

『聞きたいことがあるでしょう』

 透の声は穏やかだった。

 奈々香が首を振る。

「無視しよう」

 美月も澪を見る。

「朔の言う通り。相手に合わせる必要はない」

 澪はスピーカーを見上げた。

 音声合成。

 過去の素材。

 声を作れる。

 なら。

「一つだけ」

 朔が澪の腕を掴んだ。

「やめろ」

「確かめたい」

「何を」

「事前に答えを用意できないこと」

 朔の目が僅かに細くなる。

 悠斗も口を閉じた。

 澪は息を吸った。

「透」

 スピーカーが小さく鳴る。

『何』

 問いに対する返事。

 早すぎる。

 澪は喉の震えを押さえた。

「あなたが最後に聞いたのは、誰の声だったの?」

 沈黙。

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 小型コンピューターのファンが回る。

 朔は画面を見た。

 何かが処理されている。

 音声を自動生成しているのなら、問いを認識し、返答を作っている可能性もある。

 だが。

『俺の声』

 透が答えた。

 澪は眉を寄せる。

「自分の?」

『そう』

「何を言っていたの?」

 今度は沈黙が短かった。

『振り返るな』

 澪の背筋が冷えた。

 美月が朔を見る。

「その言葉、素材にある?」

 朔は透のフォルダを検索する。

「少なくとも一覧にはない」

「死亡直前の録音は?」

「ない」

「八年前の映像にも?」

「確認した範囲ではない」

 悠斗が小型コンピューターを睨む。

「自動で答えを作ってるだけだろ」

「できるの?」

 奈々香が訊く。

「今の装置にどこまでの機能があるか調べないと分からない」

 朔はそう答えた。

 完全な否定ではない。

 だから、透の声が本物だとも証明できない。

「振り返るなって、誰に言ってたの」

 澪が問う。

 返事はなかった。

「透?」

 雑音。

 その奥で、死者が息を吸う。

『鏡の裏を調べろ』

 五人の顔が強張った。

『七不思議を動かしている部屋がある』

 悠斗がすぐに舞踊室で見つけた通路図を広げた。

「鏡の裏って、舞踊室の裏部屋か?」

『もっと奥』

「透、どこ?」

 美月が思わず訊く。

 朔が制止するより早かった。

『壁の中』

 奈々香が身を縮める。

 朔は小型コンピューターの処理履歴を確認した。

「今の応答も、この機械から出てる」

「だから偽物?」

 澪が訊く。

「発声自体は合成されてる可能性が高い」

「内容は?」

 朔は答えなかった。

 機械が自分で作ったのか。

 誰かが離れた場所から入力しているのか。

 それとも。

 別の何かが、この装置を借りて喋っているのか。

 舞踊室の方角から、低い起動音が響いた。

 ぶうん。

 大型の機械へ電源が入る音。

 続いて壁の中を、複数のリレーが順番に切り替わっていく。

 かち。

 かち。

 かち。

 赤や黒の配線に、小さな表示灯が次々と灯った。

「管理通路」

 朔が機材鞄を持つ。

「何か起動した」

 五人は放送室を出た。

 壁の中の通路へ入る。

 先ほどまで暗かった配線が、奥へ向かって順番に赤く点灯している。

 一本の道を示すように。

 舞踊室の裏を越え。

 音楽室の背後を通り。

 さらに図面にはない方向へ続いていく。

 遠くで、機械のファンが何十台も一斉に回るような低い音がしていた。

 そして通路の壁へ、白い光で一言だけ浮かび上がった。

 管理室へようこそ。

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  • この物語を最後まで読んではいけない ――七つの呪地と八人目の犯人――   第31話 死体のない殺人現場

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  • この物語を最後まで読んではいけない ――七つの呪地と八人目の犯人――   第27話 七不思議を作った人間

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  • この物語を最後まで読んではいけない ――七つの呪地と八人目の犯人――   第26話 七不思議の操作室

     管理通路は、人間が歩くために作られたというより、建物の臓腑へ無理に押し込まれた裂け目のようだった。 肩幅ほどしかないコンクリートの壁。頭上には錆びた水道管と、後から増設された新しい電線が何本も絡み合っている。古い鉄から落ちる赤錆と、樹脂被膜のまだ新しい匂いが混ざり、湿った空気が喉へまとわりついた。 五人は一列になって進んだ。 先頭は朔。その後ろに澪、美月、奈々香、最後を悠斗が歩く。 誰も背後を空けたくなかった。 だからといって、この狭さでは振り返ることも難しい。 壁に固定された赤い表示灯が、一つ先へ進むたび順番に点灯していく。 かち。 かち。 まるで五人の位置を誰かが確認しながら、道を開いているようだった。「止まって」 朔が片手を上げた。 澪は背中へぶつかりかけ、足を止める。 右側の壁に、細い横穴が開いていた。 高さは目の位置ほど。横幅十センチほどしかない。換気口にしては不自然で、縁だけ埃が薄い。 朔が懐中電灯を消し、穴へ目を近づけた。「何が見える?」 澪が囁く。「放送室」 朔が横へずれた。 澪も覗く。 壁の向こうに、透が死んだ放送室が見えた。 壊された扉。 床の血痕。 切断された黒い磁気テープ。 オープンリール式録音機。 見える角度は、透が倒れていた位置を真正面から捉えている。 もし誰かがここに立っていたなら。 透が首へ絡んだテープを外そうともがく姿を、最後まで見ていられた。 澪は目を離した。 首筋が冷える。「これ、覗き穴……?」 奈々香の声が細い。「そう見える」 美月が答えた。 数メートル進むと、また穴があった。 今度は音楽室。 グランドピアノを横から見下ろす位置。 ソレノイドの仕掛けを調べていた五人の姿も、ここからなら死角なく見えていたはずだ。 次は女子トイレ。 四番目の個室を隠す壁の裏側。 さらに舞踊室。 一方通行の鏡の向こう。 奈々香が足を止めた。「ずっと……見てたってこと?」 誰も返事をしなかった。 鏡の中で自分だけが遅れたとき。 耳から血が流れたとき。 四番目の個室へ閉じ込められたとき。 誰かが壁の向こうから、その恐怖を見ていた。 それも、怪異が起きた結果を偶然確認したのではない。 最初から見るために穴を開けている。 澪は背後の奈々香が呼吸を乱す

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